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商いの心得(七)


 

 はどこまでも長く海岸線が続き、鬱蒼(うっそう)とした密林に覆われていた。どこにも港らしいものがないところを見ると、無人島のようである。
 船頭は船を入江に入れ、錨を下ろして停泊させた。さらに念を入れて地面に杭を打って船を繋ぎ止めた。それから船内に向けて言った。
「もう、安心してええでっせ。ちっと風待ちせなあかんから、しばらくここで休みまっせ」
 若虚は蜜柑で儲けた銀子をしこたま懐に抱え込んでいるので、羽があったら家に飛んで帰りたいのが本音。船でぼんやりしているのも気が急いて何だか落ち着かない。そこで、皆に、
「折角や、わて、この島をちと見物してきますわ」
 と言うと、皆からは、
「こないな島に見るもんなてあるんかいな」
 と答えが返ってきた。
「ここにいても暇は暇、どうせなら散歩でもする方がええですわ」
 一同は先程の暴風に吹かれて、頭がボウッとしてひたすらあくびをするばかりで、同行しようなどと言う酔狂な者は一人もいなかった。そこで、若虚一人で元気を奮い起こして上陸することにした。実際、若虚だけに上陸する元気があったというのも何かの運命だったのであろう。
 密林に分け入った若虚は羊歯(シダ)や木の根を踏み越えてひたすら前進した。ムッとするような植物の匂いに、生気を取り戻したような気がした。密林は緩やかな傾斜になっており、そのまま進むと島の高台へと続くようである。しばらく行くと密林は切れ、丘の麓へ出た。
 丘といっても道らしい道などないので、藤蔓(ふじづる)や蔦葛(つだかづら)を頼りにどんどん頂上を目指した。丘はそれほど高くなく、また急勾配でもなかったので、登るのに大して苦労しなかった。頂上に着いて辺りを見回せば、鬱蒼とした密林の果てには海原が果てもなく続き、何だか我が身が一枚の木の葉のように寄る辺のないものになってしまったかのように思えて、不覚にもはらはらと涙を落とした。
「わては生まれつき賢いたちなんに、運に恵まれんで破産してもうた。失うものはないとばかりに、海外に出てきたはええ、運良う千枚もの銀貨を儲けたのもええ。問題はこれからや。銭なんてもんは持ち帰ってこそ銭や。こないな絶海の孤島で千枚の銀貨を抱えて死んでしもたら、浮かばれるもんも浮かばれへんわ」
 ひとしきり泣いてから、さて船に帰ろうと顔を上げると、遠くの草むらから何やら突き出しているのが目に入った。
「何や、あれ?」
 近づいて見ると、寝台ほどの大きさの亀の甲羅である。さすがにこれには驚いて、
「ひゃあ、この世の中にはこないに大きい亀がおるんやなあ。戻って話して聞かせてやっても誰も信じんわ。わてかてこうして見てるから、信じられるんや。見んかったら信じへん。そや、何も買うておらんから、これはええ土産になるわ。百聞に一見や、これを見ればわての話を信じるやろ。これで蘇州人は嘘つきや言うデマを打ち消せるわ。それに鋸で半分に切って足を付ければ、立派な寝台が二つできるわ」
 と先程の悲嘆は吹き飛んでしまった。持ち帰ることを決めると、脚絆(きゃはん)を解いてつなぎ合わせて一本の紐にした。それを甲羅の中間に通して結び目を拵えて、引きずり易くした。
「これで、皆も仰天するわ」
 そのままズルズルと引きずりながら歩いて行った。

 

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