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商いの心得(十三)


 

「いやあ、すごいで、すごいで。すごいなんてもんやないわ。奥の建物なあ、あれは土蔵でなあ、銀がぎょうさんうなっとったわ。大きな桶が十個くらいもあったかなあ、どの桶にも銀が四千両入っとった。あとなあ、千両箱が五つあったから、しめて四万五千両や。もう文先生の名前で封印してあったで。品物さえ渡せば、全部文先生の物やわ」
 四万五千両の現ナマと聞いて一同仰天である。そこへ瑪宝哈も出てきた。
「家屋の権利書に反物の帳簿はこちらにあるけん、合わせりゃ五万両になります。ほんじゃあ、品物を受け取りに船の方へ行くとしますか」
 一同打ち揃って船へ向かうことにした。道々、若虚の幸運をすごい、すごい、と言い合う一同に若虚が言った。
「ちっと頼んでおきたいことがあるんやけど…」
「何やね、遠慮はいらんで。何でも言うてみい」
「船には人が多いやろう、…で、このことは言わんでおいてもらいたいんやけど…」
 若虚の頼みに皆はピンと来た。船頭達がこのことを知って手数料の分け前を寄越せと言ってきたら、確かに厄介である。そこで快く請け合った。
「わかったで、安心しいや」
 船に着くと、若虚は早速、船室の亀の甲羅の中から自分の荷物を取り出した。自分に思わぬ幸運をもたらしてくれた、甲羅を撫で摩りながらつぶやいた。
「おおきに、おおきにな」
 しばし別れを惜しんだ後、瑪宝哈に言った。
「どうぞ、持ってって下さい」
 瑪宝哈は連れて来た手代を呼ぶと甲羅を担がせた。
「しっかり、運ばんかい。地面に置いたりしたらいかんぞ」
 船頭達は甲羅の引き取り手が現れたのを見て
「あんな品でも買い手が付くもんやなあ。一体なんぼで売れたんな?」
とからかった。若虚はそれに対して一言も答えずに、片手に荷物をぶら下げて再び船を下りた。初めに瑪宝哈の店に付いて行った連中も一緒に船を下りた。皆、この甲羅をしげしげと眺めたり、弾いたりしながら、互いに顔を見合わせて、
「こないな物のどこがええんかいな?」
 と不思議がった。
 瑪宝哈は若虚や張大ら十人ばかりと共に店に戻った。手代に甲羅を奥の土蔵にしまい込ませてから言った。
「ほんじゃあまあ、お譲りする店を見に行くことにしますかのう」
 瑪宝哈に連れられてやって来たのは繁華街のど真ん中であった。なるほど一軒の大きな建物がある。正面は間口の大きな店舗で、横には裏へ通じる路地があった。そこに入って角を一つ曲がると大きな石造りの門に突き当たった。門を潜ると広い中庭になっており、その奥は大広間になっていた。大広間の脇は小部屋につながり、そこには三方が戸棚になっていて繻子やら緞子やら色とりどりの絹織物がぎっしり詰まっていた。その裏手には立派な家屋が続いていた。
「どうじゃ?悪くはないじゃろ」
 瑪宝哈はニッコリ笑って言った。これを見て若虚は内心、
(ひゃあ、こない立派な家は見たことないわ。反物も大したもんや、これだけでごっつう儲けられるで。こんならこの地に骨を埋めてもええなあ。故郷に戻ったとて何があるわけでもないし…)
 と考え、瑪宝哈に言った。
「結構なんは結構なんですけど、わてはしがない独り者でして、店をやるからには使用人をなんぼか探さんとあきまへんなあ…」
「そんなら心配はいらんです。ワシに任しといたらええですけん」
 この答えに若虚は大満足。皆と一緒に瑪宝哈の店に足取りも軽く戻った。瑪宝哈は丁稚(でっち)に茶を運んで来させ、それを飲みながら、
「文の旦那は今晩からあの店でお休みになるとええですわ。使用人は前から使っとるのがおるけん、先で足らん分を雇えばええじゃろう」
 皆はずっと心に抱いていた疑問を遂に口にした。
「取引は成立したんやからつべこべ言う気はありまへん。ただ、わてらは不思議でならんのですわ。あの亀の甲羅になしてあんな値段が付くのか、どうか教えてもらえんやろうか」
 瑪宝哈は笑いながら言った。
「おや、あんたらは何度も海外に出掛けとりながら、そんなことも知らんのですか?」

 

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