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睡姫(中編)


 

 ばらくすると、足が地面に触れた。そっと目を開けてみたところ、美姫とその跨った鸞の姿は見当たらなかった。はるか彼方には、幾重もの城壁に囲まれた城が黄金と碧玉に照り映えていた。周囲には珍しい樹木が生い茂り、その樹上は五色に輝いている。その芳しい香りは数里の彼方まで漂ってきた。
 周囲のあまりの美しさに某は美姫とはぐれた不安もすっかり消えてしまった。心が弾み、風景を楽しみながらゆっくりと歩を進めた。
 城にたどり着こうとしていた頃、突然、半月型の城門が開いて、一頭の黒駒が飛び出してきた。黒駒はまっすぐこちらにに向って走ってきた。跨っているのは髪を垂らした少年であった。
 少年は妖しいまでの美貌の持ち主で、見る人の心を陶然とさせた。某は美女に劣らぬくらい美少年が好きだったので、一目で少年の美貌に心を魅せられてしまった。じっと見つめていると、少年の方でも気がつき、駒の歩みを止めた。そして、某にゾッとするような流し目をくれて言った。
「あなたはどうしてこの冥界にやって来たのです?」
 冥界と聞いて驚いた某が自分がここに来たいわれを話すと、少年は大笑いした。
「石曼卿(せきまんけい)は死後、ここの主になったのです。その支配下にあるのはすべて死者、幽鬼ですよ。何が仙界ですか」
 某はなおも美姫の語った話を繰り返したのだが、
「あなたのお妾さんは死んでこちらに来ることになっているのですよ。死んでもいないあなたがどうして一緒に来たのです」
 と一蹴(いっしゅう)されてしまった。
 某は美姫が自分を死出の道連れにしたのだと思い、今度は現世に帰れなくなるのでは、と恐ろしくなった。すると、少年は駒から降りて、
「あなたの想い者は、あなたをどうしても破滅させたいようだ。さあ、お乗りなさいなさい。送ってさし上げますから」
 某は感謝しながら駒に跨ったのだが、少年に遠慮して後ろの方に腰を下ろした。少年が軽やかにその前に体を滑り込ませた。
「しっかりつかまって」
 そう言われて某は少年の腰に手を回した。少年が鞭をくれると、駒は軽やかに疾駆し始めた。
 某の目の前には少年の白い項(うなじ)があった。少年の腰はしなやかで、体は柔らで温かかった。何より二人の間を隔てるのは薄い衣だけ。駒に 揺られる振動も加わって、某は味な気分になってきた。少年の体から立ち昇る芳香をかいでいるうちに、某は逸(はや)る心を抑えられなくなってき た。
 某は少年の素性を知りたくなり、たずねてみた。
「あなたはどうしてここにいらしたのですかな」
 少年が答えるには、
「私は中山に住んでおり、とうの昔の仙道を修めました。この地の風光明媚を愛し、こっそり遊びに来た次第です。しかし、この陰気に満ちた地に長居ができず、早々に戻ろうとしていたところです」
 とのことであった。某は少年の言葉に疑問もさしはさまず、恍惚として駒に揺られ続けた。
「着きました」
 某がハッと気付くと、目の前には別の風景が広がっていた。

 

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